Narrative発起人「うえみずゆうき」と申します。〜前編:福岡の音楽シーン、どうなってるわけ?〜

text by うえみずゆうき

福岡の音楽人の物語を伝えていくメディア「Narrative」。 なぜこのような(めんどくさい)プロジェクトをはじめてしまったのか?! 発起人である「うえみずゆうき」が、Narrativeをはじめるに至った背景を前後編に分けてお送りします。前編は、半生を辿りながら自身と福岡の音楽シーンとの関係を振り返ります。

片田舎にて、偶然10年遅れのバンドブームに乗っかって

中学時代:文化祭で人生初ライブ(写真左)

僕は、福岡県田川郡に生まれました。炭鉱で賑わったこの町は、閉山後すっかり寂れており、山以外何もない(特に雇用がない!)、けれども豊かな自然と過剰に個性的な人々に囲まれて育ちました。 このあたりのことを描写すると、おそらく175万字ほど要するため、かいつまんでお話ししていきましょう。

中学2年のとき、異性にモテたいという完全に不純な動機でバンドをはじめました。 野球部の男子が「プロ野球選手に、オレはなる!」というように、自分もきっとミュージシャンになるんだろうなと漠然と思っていました。

高校に進学した2000年頃、地元田川はバンドブームが到来(遅っ!)。300人規模のライブハウスがソールドアウトすることは当たり前。当時、高校生ながらチケットの売上で結構稼げていた記憶があります。なかなかバブリーな時代でした。

バンドバブル崩壊と新大陸の発見

高校時代:ZEPP福岡でのライブの様子(写真左)

田川バンドブームのさなか、高校卒業を控えた同級生たちは大学進学や就活で忙しくなり、ライブハウスからどんどん離れていきました。僕自身も学校から進路決定を迫られていたわけですが、大学生になるイメージも働くイメージも湧かず、進路未定。 高校の間、変にチヤホヤされてきたこともあり、「ミュージシャンに、オレはなる!」という気分だったのだと思います。

高校卒業と同時にあっさりバンドメンバーがいなくなりました。 田川のバンドブームもすっかり下火になってきた頃でした。

高校時代のように超満員のライブはほとんどなく、むしろガラガラの寂しい空間で歌うことが増えてきました。 そんなある日、福岡市でのライブに呼んでいただく機会に恵まれました。そのときの対バンの方やお客さんの熱気があまりにも素敵で「この街で音楽がしたい」と思うようになりました。

「バンドマン」であり「お客さん」であり「お店の人」だった

22歳頃:絶頂天出演時のフライヤー

福岡のバンドシーンの魅力に取りつかれ、2007年に福岡市に移り住みました。

福岡市には、地元田川では聴けないドロドロしたものからキラキラしたものまで、いい意味でごちゃ混ぜの世界観を持った音楽がたくさんありました。 当時の福岡のバンド(ミズノイロ、雅だよ雅、バファローデンチなどの時代)が好きで、とにかく福岡の音楽をインプットしたい気持ちでいっぱいでした。 何かいい方法はないかと考え、「絶頂天」というライブイベントのスタッフになり、毎日ライブを観ることができる環境に身を置いたのです。

また、現在僕が所属している「homesick」というバンドをはじめたのもこの時期でした。 さらには、「Public Space 四次元」の立ち上げスタッフとしても携わりました。 (こうして振り返ってみると、この時期は何かと色々やっていますね)

2009年頃、自身のバンド活動に専念しようと決意し、ライブハウスでの勤務を終了しました。 しかし、その1年後にはメンバーと活動方針が折り合わず、バンドは空中分解。事実上の解散(結果、活動休止)となりました。THE 20代半ばバンドあるある、です。

福岡の音楽シーン、どうなってるの?

homesickの記念写真(写真左から2番目)

homesickを活動休止した2012年から2年弱、音楽活動から離れました。「観に来て」と誘われていたライブもほとんど断りました。「ライブのお誘いメールはこんなにも鬱陶しいのか?!」と、送って来られる立場になってはじめて気付きました。

まだ、このときはまだかろうじてメール文化が主流でしたが、ちょうどスマホが一般に普及しはじめるかなという時期でもありました。 その後、スマホの普及に伴い、facebookやTwitterを代表するようなSNSが幅を利かせるようになり、メールでライブを告知する文化も衰退。もはや迷惑メールと認定される時代に突入しました。

2014年、homesickを細々と活動再開。音楽活動を再開したとはいえ、スタジオにこもったり、カフェなどを貸し切ってライブを行なうばかりで、ライブハウスからは随分足が遠のいていました。

2016年のとある夏の日、バンド友だちである糸山(Narrative運営)とカフェで話していました。そのとき、なぜ会ったのかは思い出せません。ただ、1つだけ思い出せる会話があります。

「最近の福岡のおすすめのバンドは?」 「全然知りません」

その場でスマホを取り出し、検索してみたものの、ほとんど実態が見えてきませんでした。 「福岡の音楽シーンは、一体どうなってるの?」これだけ情報で溢れかえる現代に、ほしい情報がないという不便さを痛烈に感じた出来事でした。

Narrative発起人「うえみずゆうき」と申します。〜後編:99%のアーティストには活気あるシーンが必要だ!と思った〜