Narrativeデザイン周りと記事執筆担当の糸山と申します~後編:僕から見える福岡~

text by 糸山晃司
前編:音楽活動遍歴はこちら

一体どれだけのミュージシャンが状況を俯瞰できているでしょうか?一体どれだけのミュージシャンがバンド界隈周りだけでなく世間を意識しているでしょうか?

ライブハウスという「現場」が全て。そのコミュニティーのみで持ち上げられ、ライブの感想をリツイートしまくる人達がこれから何を知って何をすべきなのか。今リアルな現場で何が常識として根付いているのかを知りたいというのが正直なところかもしれません。

かくいう自分は今、なかなか毎日が多忙で音楽制作に生活のリソースを割けていませんので、自戒も込めて。

狭いコミュニティーでは普通が見えなくなる

ライブハウスに纏う停滞感や風通しの悪さはかなり根深い問題で、ネットで議論されても「出演するバンドの実力が底上げされるしかない」などの極論で終わるのが常です。

ライブハウスに寄り付かなくなった僕がどうこう言っても反感を買うだけかもしれないが、いつも同じ顔触れのお客さんがいて、足が棒になりながら最後のバンドまで見届ける。 初めて来た人は転換中に何をするわけでもない空間で1人、相当目当てのバンドないしラッキーな発見がない限り、「楽しかった、また来たい」となるのは稀な気がします。

つまりハードルが高いんです。

これはライブハウスだけがどうこうするでもバンドだけがどうこうする問題でもありませんが、少なくとも「異常」と感じるワケです。ライブハウスに寄り付かなくなった僕は少なくともそう思いました。

決してポジティブな意味での「非日常感」の話ではありません。だって初心者が「勇気」を持っていかなくてはいけない時点で「異常」だと思いませんか?

明らかに軽い気持ちで暇つぶしに行けるライブハウスの方がメリットが多いし、ミュージシャン側も気軽に聴いてもらえることは願ったり叶ったりでしょう。 「ライブはこういうところでやるもの」「ライブハウスはこういうとこ」このライブハウス、ミュージシャン、お客さん含め、この概念が蔓延ってることが異常感を生み出しているんです。

Narrativeでやりたいこと

正直、ミュージシャンの新作がどうとか、あの曲がどうとか、そこまで深い関心はありません。それよりも音楽そのものに対しての考えだったり、ライブや情報への考え方のほうを知りたいし、そういう根本的な想いや価値観みたいなものを、普段ライブハウスに行かない、でも音楽が好き。そんな層に広げたいと思います。

楽曲の説明はライナーノートを書けばいいと思うし、実際に誰でもやりがちなので、Narrativeではもっと生活に沿ったというか、人としての部分にフォーカスを当てたいし、むしろそこが一番知りたいと思われているんじゃないかと思います。ミュージシャンもそういうことって話す機会はなかなかないでしょうし、音楽や人生についての考えを知ってもらうことでデメリットはないんじゃないかと思いますしね。

つまるところ、ライブハウスになかなか行かなくなった自分のような人間がどうやったらライブを聴きに足を運びたくなるかを試行錯誤したいなと思っております。

そうなると、どんな人がこの音楽を鳴らしているのかってかなり重要だと思うんです。

どんな考えやどんなルーツがあって今この音楽が作られるかを知ると、一気にその音楽への距離が近づきます。

だって音楽が好み、くらいの動機じゃどこの誰かも知らない人のライブにはなかなか行きませんよね?

そんなの自分で考えて勝手に解決してよ!と言われそうですが、この「潜在的な音楽フリーク」層ってかなりの数いると思うんですよね。

この潜在的な音楽フリークにどうやったら音楽を届けるかって、もちろんミュージシャン側からしたらライブに来てもらったり音源を買ってもらうことがゴールではありますが、そこに至るまでには当然いろんなプロセスがあります。

可能であればNarrativeでアーティストを図鑑化していくことで、ネットを通じた一つの玄関口を作りたい。

福岡のミュージシャンを調べようとしたとき、ここを見ればいろんな発見があるというサイトにできればと思います。

今はそういうローカルなシーンを作っていくことに対してワクワクが止まりません。初めてCDを買ったあの感動とまでいかなくても、ちょっとした日常の楽しみをミュージシャンやクリエイターが提供できる。そしてその文化の恩恵を一人でも多くの人が受ける。慎ましく始まるこのNarrativeがその一端を担えたらと、そう思います。