「納得するまでブレてやろう」マルチプレーヤーの辿るストリート:不破毅士 前編

text by 糸山晃司

スウェーデン発のポータブル・シンセサイザーOP-1を携えて、不破毅士は雨の薬院にさっそうと現れました。

その日も変わらず軽口を投げる彼でしたが、こうして音楽感や人生観を聞くのは初めて。ドラマーとして、クリエイターとして、スケーターとして、そして人として。様々な顔を持つ彼の過去やこれからの歩みとは。

反政府系音楽に興味を持った小学3年生

--兄貴の影響で当時流行ったBRAHMANやSlipknotを聞き始めたのが小3かな?

兄の影響で音楽を聴き始めた少年時代から、音楽を聴くという環境において困ったことはありませんでした。次第にRage Against The Machineなど、反政府色の強い音楽にのめり込んでいきます。

--兄貴がドラムをやってて、たまたま家に電子ドラムがあって、それで遊んでたのが始まり。でもちゃんとたたき始めたのは高3。文化祭でバンドやることになってから。モテたいから始めたけど男子校だったから意味はなかった(笑)

高3の文化祭で演奏したのはB-DASH、髭、ACID MAN、the band apart。自分たちの好きなミュージシャンとその時世間で流行ってた音楽のバランスを取った選択だったそうです。人生初ステージのこの時のライブは彼の心の拠り所として、のちに多大なる影響を与えることとなります。

ドラムで極めようと進学したMI

高校卒業後、MI(音楽学校 MI JAPAN 福岡校)でドラマーとしての人生設計を描いた不破。365日、始業の10~21時まで憑りつかれたように取り組んだ練習で、彼のドラマーとしての道が開けていきます。

--ドラムで食ってくっていう方法が、バンドで売れるかスタジオミュージシャンしか思い浮かばなかったから闇雲の練習した。1日中練習して、ドーム清掃の夜勤して。

MIの2年目からは、当時音楽のネットコミュニティとして最盛期だったmy spaceで気になる音楽家に片っ端からダイレクトメールでコンタクトを取り、サポートドラマーとしての歩みを始めます。

いろんな音楽家と組んでは演奏し、多いときはひと月28本のライブを行うことも。このサポート期にbrowm bemsやsoejima takumaら、数多くの音楽家と出会い、今でも関係の続いている人も多いと言います。

サポートでは食えないと気付いた22歳

数多の音楽家の後ろでいくらドラムを叩こうが、名の知れるのは限界があったと振り返る不破。いくら腕を上げようが、自分のことを誰も知らない現実に焦り、それまでの自分の活動に疑問を持ち始めた彼は、クリエイターとしての未来を次第に想像していくこととなります。

--ドラムを叩けるだけじゃどうしようもない。ドラマーとして名は一部では知られてきたが、誰かのサポートじゃ自分を知ってもらえない。ニコ動の「他人の曲を叩いてみた」にも虫唾が走る。そうなったら自分で作るしかないと思って。指標としてはとかドラム叩きながら打ち込みと同期したりってのがひとつあった。

生楽器にループやサンプラーを多用して1人でマルチにこなすライブのスタイルはまだ日本にはそんなに浸透していないこともあり、マルチプレイヤーとしての自身の可能性を模索。Long armやShigeto、Deantoni Parksらからの影響をもろに受け、時代の流れを敏感に嗅ぎ取りながらあらゆる音楽を取り込もうともがきました。

この時期にソロとして形成しだしたエレクトロニカともトイミュージックともIDMとも言い切れない彼の音楽。幼いころから脈々と蓄積されたヒップホップの匂い、自身のドラムのスタイルにも近いポストロックの痕跡、サポート期に体に取り入れたノイズやアンビエントの気配さえも漂い、まさに新しいミクスチャーの様相を呈しています。

音作り、ミックスで悩みぬいてようやく完成させた初音源は、ツアーやリリースパーティで300枚を売り切ります。

--もともと影響を受けやすくてブレやすい性格だから、なかなかスタイルも定まらず、いろんなジャンルに手を出しまくってた。その中で興味を持ったガジェットでようやく今のスタイルを見つけた感じ。

シンセサイザーOP-1 (Teenage Engineering)

この頃に人間関係や音楽の断捨離とも言える取捨選択を無意識で行っていたという彼。自ずと、彼の周りはいつでも彼に刺激を与える存在であふれていました。

--いつもその中にいると劣等感を感じた。何かしないとずっと追いつけない。

彼を駆り立てるものとこの先の展望とは。ここからはより彼の信念に迫ります。

「納得するまでブレてやろう」マルチプレーヤーの辿るストリート:不破毅士 後編

takeshi fuwa :Drummer、Track Maker
op-1とサンプラを軸に楽曲制作をし、ドラマーの解釈でトラックメイクしライブ活動中。数多くのアーティストのサポートドラマーとしても活動、数多くのフェスにも出演。
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