「リアルな音に触れていたい」ブレることのないミュージックライフ:島崎啓太(Public Space 四次元, NEMESIS,MIRABILLIS) 前編

text by うえみずゆうき

28歳の若さにありながら音響10年、ライブハウスの店長としても5年を越えるキャリアを持つ。シーンを影で支えつつ、自身もまたバンド活動を行なう島崎啓太のバイタリティ溢れる音楽ライフを辿っていきます。

「パンクって何?」からのスタートだった

熊本県出身。小学校時代、音楽といえばテレビで流れる音楽がなんとなく気になっていた程度。バンドに興味を持ったのは、中学2年のときでした。

―― 同級生から「ドラムやるから、バンドしよう!」って誘われたのがきっかけですね。家にギターがあったこともあり、自然とギター担当になりました。

メンバーの希望でパンクバンドをやろうということになったものの、「パンクって何?」というところからのスタートでした。当時、GOING STEADY・太陽族・STANCE PUNKS・ガガガSPなど、青春パンクが流行していた時代。テレビで流れていた音楽とは違う初めての感覚に、島崎は興奮を覚え、どんどん青春パンクにのめり込んでいきます。

ロックンロールハイスクールに魅せられて

―― はじめてのスタジオで、ギターが延々とハウリングを起こして、ピーピー鳴ってましたね。なんだこれ?みたいな(笑)どう考えても無茶苦茶なんですけど、めっちゃテンション上がりました。

初めてのバンドは、太陽族のコピーバンド。スタジオでの練習を重ねるも、結局ライブは一度も実現せず。

―― 単純に、ライブの仕方がよくわからなかったんですよ(笑)

「ライブの仕方がわからなかった」というお茶目な一面を見せつつも、当時からライブハウスにはしっかり足を運んでいました。

中でも、熊本Djangoで開催されていた、高校生による高校生のためのライブイベント「ロックンロールハイスクール」には特別影響を受けました。

高校生が自ら企画・運営する姿を見て、「いつか音楽に関わる仕事ができたら」と、将来を強く意識。中学3年の三者面談では自信満々で「音楽関係の仕事に就きます」と宣言します。

音楽の仕事といえば音響(PA)が一番しっくり来た

高校進学に伴い、中学時代のバンドは自然消滅。 高校時代は野球部に所属していたこともあり、もっぱら野球中心の生活。

表立った音楽活動は特にありませんでしたが、余暇の時間でギターを弾いたり、音楽を聴き漁ったりする日々。 しかしその間も決して「音楽に関わる仕事に就く」という思いは色褪せることなく、いつも頭の中にありました。

高校3年、野球部引退をきっかけに、再びバンドを結成。卒業後の進路はそっちのけでバンドに熱中しました。

―― 僕含め、バンドメンバーはみんなチャランポランでしたね(笑)「よし、やっと遊べるぞ!」みたいな。進路のことなんて全く頭になかったです。

高校3年の冬には、念願の「ロックンロールハイスクール」で初ライブを実現します。

―― 気分はヒーローでしたね!今思えば、「お前1ミリもギター弾けてないだろ!」って突っ込みたくなりますけど。相変わらずギターはピーピー鳴ってましたし(笑)それでも、中学生の頃、思い描いていたことが1つ実現して興奮しましたね!

バンドで数回ライブを経験するも、進路決定に伴いバンドはあえなく解散。将来を考えたとき、島崎にとって一番しっくり来たのが音響(PA)の仕事でした。

音響を学ぶため音楽専門学校 福岡スクールオブミュージック(以下、FSM)の音響科に進学。プレーヤーではなく音響を志した背景にあったのは、パンクがお金になる音楽ではないこと、それからプレーヤーとしてお金を稼ぐことに対する関心のなさも。

リアルな音に触れられる現場が好き

熊本から福岡に出てきた島崎。ハードコア・パンクバンドを結成したいと思いながらも、なかなか気の合うメンバーにも出会えず。福岡では、ほとんどライブハウスにも出かけることもなく、学校では音響を学んでいるものの現場の音からは随分遠ざかっていました。

そんな島崎に転機が訪れます。 FSM2年生のとき、恩師である音響科の講師 安岡氏がPublic Space 四次元(株式会社絶頂天)を設立したことをきっかけに、音響のインターンとして現場に関わりました。これを機に福岡のライブハウスに出入りする機会が圧倒的に増えたのです。

―― 学校に行くより1億倍楽しかったですね。リアルな音に触れられる現場がやっぱり好きなんだと思いました。

自分が憧れていた音楽が目の前で繰り広げられていること、スタッフとして音に関われること、島崎にはすべてが輝いて見えました。

「ここで働かせてください!」

持ち前の思いきりの良さで、中学の頃から思い描いていた「音楽の仕事に就く」という夢をあっさりと叶えてしまいます。 順風満帆に見える就職までの道のり。しかし、これから彼を待っていたのは決して平坦な道ではありませんでした。

後編では、ここからのストーリーを追います。

後編はこちら

島崎啓太:熊本県出身。「Public Space 四次元」店長。音響エンジニアとしてライブハウス・ライブ文化の未知なる可能性を模索中。パンクをこよなく愛する。