「寄せては返す人間模様」孤高のシンガー:フジモトジン 前編

text by うえみずゆうき

神出鬼没。ギターと暇さえあればどこでも歌い始めてしまう。その日も待ち合わせ場所に到着すると、彼は路上で歌っていました。そんな生粋のシンガー「フジモトジン」の人間ドラマをお送りします。

「音楽」というより「歌」が好きだった

はじめて歌が好きだと思ったのは、小学校低学年のとき。 親の車の中で流れていた 70年代フォークソングを聞いてのことです。

――山田コウタローとウイークエンド、井上陽水、泉谷しげるとか。歌詞の意味もよくわからなかったけど、自然と口ずさんじゃう、みたいな。

音楽そのものというより、「歌が好き」という感覚が強かったそうです。

――昔からみんなが好きなものは基本的に嫌いで…ミニ四駆とか、ヨーヨーとかもやってないようなヤツ(笑) 中学から高校にかけて、MONGOL800とかが流行った時代だったけど、バンドはほとんど聞いてなくて。ケミストリーとかゴスペラーズとか聞いてた。単純に「歌」が好きだったんだと思う。

ジョニー・B・グッドでバンドにズルズル

そんなフジモトジンが、はじめてバンドに興味を持ったのは高校2年生。

――なんかのドラマで、ブルーハーツの曲が使われていて。はじめてバンドをかっこいいと思った。

ちょうどそのタイミングで、「文化祭に出ようよ」とクラスメイトからバンドに誘われました。帰り道、勢いでベースを購入。フジモトジンの音楽人生がはじまりました。

――はじめてバンドで音を出したのは、ジョニー・B・グッドの曲。はじめてみんなで音を出したときに「何、これ?!」ってなって。それからはもうズルズル。そのまま今に至るって感じ(笑)

それ以降、音楽にズルズルとハマり、学業は完全放置。大学受験に失敗し、浪人生活を送ることになります。

ベーシストだったフジモトジンがギターを覚えたのはそんな浪人時代。

――休みの日にやることなくて、ギターを覚えてみようかなと。ちょうど家に70年代フォークソング集みたいな本があって。コードを覚えてみたり。

この時覚えたギターがその後の人生を形成していくことになります。その後、福岡大学に入学が決まり、浪人生活を終えます。

BAND Aで一世を風靡

福岡大学に入学後、軽音サークル「フォークソング愛好会」に参加。 コピーバンドに精を出す中、大学2年の夏、仲が良かったサークルのメンバーで「BAND A」を結成。 フジモトジンの音楽人生は激変します。

大学3年、ミニアルバム「ネコル」を発表し、約500枚を手売りで完売。 福岡の音楽のシーンで噂が広まります。

翌年にはフルアルバム「BAND A」を発表。東芝EMIやSONYなど、大手レコード会社からのオファーがあったりと、界隈の注目を集めました。その後、SONYと育成契約を交わし、東京への遠征の機会も増えていきます。

とある下北沢のライブサーキットでは、入場規制になったほどの人気ぶり。その日の「最もCDを売ったバンド」にも選出されました。

突然の決別

BAND A人気絶頂のさなか、事件は起こります。

突然バンドをクビになったのです。 フジモトジン、23歳のことでした。

――当時、俺は人間的にほんとダメだった。口が悪かったし。思いやりもなかったし。ほんとカスみたいなヤツだった。もしも今あの頃の自分に会ったらボコボコにしてるね(笑)相当嫌なヤツだったと思う。

本人にとっても心当たりがあるほど、当時は素行が悪かったようです。

――正直、最初はメンバーを恨んだこともあったけど。サークルの友だちがクリスマス会を開いてくれて、メンバーと再会。そこで乾杯して仲直りできた。サークルの友だちには感謝してる。

BAND A脱退を機に、これまで趣味程度に行なっていたソロ活動を本格的に始動させます。 いよいよソロアーティスト「フジモトジン」の黎明期です。

後編に続きます。