「やさしく背中を押すように」それぞれの暮らしに溶け込む歌を:瀬戸口 恵 前編

text by ユウノアツシ、うえみずゆうき

瀬戸口恵。カジュアルなカフェからアンダーグラウンドの巣窟のようなライブハウスまで、福岡の音楽シーンにおいてこんなにも幅広い場所で活躍しているシンガーは他には知りません。

16年には引越し業者のテレビCMにも楽曲が起用されるなど、福岡のSSWとしても確かな実績を残しています。

やわらかな歌声に、時折見え隠れする揺るぎない思い。そんな彼女の生い立ちとこれまでの音楽活動を辿っていきます。

家庭に「歌」があった

長崎市出身、自然豊かな町に生まれ育った瀬戸口。歌を愛したきっかけは、身近なところにありました。

――家族がとにかく歌うことが好きで、お正月とかお盆とか親戚が集まったらよくみんなでカラオケに行ってたんですよ。

歌に囲まれた家庭環境で、生活の中に自然と「歌うこと」が溶け込んでいました。

――小学5〜6年生頃だったと思うんですけど、aikoさんにめちゃくちゃハマったんですよ!「ボーイフレンド」とかの頃。そこから、aikoさんばかり聴くようになって。高校生のときはカラオケでaikoの曲だけで8時間通しで歌ったりしてました(笑)

将来、自分がミュージシャンとして活動することなど、このときはまだ想像すらしていませんでした。

「歌うこと」が仕事なんだ。

そんな普通の女子高生、瀬戸口に転機が訪れたのは、高校3年の12月、受験シーズン真っ只中でした。 同級生が続々と進路を決めていく中、このままでいいのかと悶々としていた時期に、aikoのライブ映像を観ながらふと思ったそうです。

――この人(aiko)は「歌うこと」が仕事なんだ。歌う姿がキラキラして、バックバンドもキラキラで、観ている観客もみんな幸せそうな顔をしている。こんな幸せで素敵な仕事はない!そう思ったのが、はじめて人前で歌ってみたいって思えたきっかけですね。

突然、何かが降ってきたようなような感覚。身近にライブをしている人もいない、ライブや音楽活動のやり方もわからない。けれど、それは揺るぎない思いでした。

急遽、進路変更を希望し、高校の先生の激しい反対を押し切り、音楽の専門学校に進学することを決意します。

はじめてのバンド活動

音楽の道を志し、歌や作曲について学ぶため、福岡へ。MI JAPAN福岡校のVITコースに入学しました。

――「初心者でも大丈夫!」ってパンフレットに書いてあったんですけど、入学してみたら初心者は私だけで(笑)

音楽経験者に囲まれ、不安に押し潰されそうになりながらも「来てしまったからにはやらなければ!」と自分を奮い立たせました。 とにかくがむしゃらに、先生から言われたことを愚直に行動に移す毎日。

ある日の授業でギターに触れたことをきっかけに、ギターを練習するようになりました。

その後、学校の先輩から誘われ、学校のサマーライブ企画で人生初のライブを経験します。 そこで初めて作詞作曲をし、メンバーと1から音楽を作っていく面白さを感じ、バンド活動に夢中になっていきました。

――毎日、練習していくうちに「私、このバンドでやっていきたいかも」って思うようになって、サマーライブで終わるのはもったいないよねって。学校生活と共にバンド生活がありました。青春でしたね(笑)

晴れて、バンド「Joy Space」を結成。その後の専門学校生活は、Joy Spaceに身を捧げました。

2015.11.01 「一夜限りのワンマンライブ!」

ソロ活動は強制だった?!

バンド活動開始から1年が過ぎた頃、メンバーの生活環境も変わり、それぞれの音楽の好みや方針もすれ違い始め、バンド活動はペースダウン。

そんなある日、専門学校の先生から「ライブ決めたから。弾き語りで出演しなよ!」と告げられます。

当時ソロ活動にまったく興味のなかった瀬戸口は、丁重に断りましたが、先生が手続きを済ませ、『アコ唄ナイト』(九州界隈で活躍するアコースティックシンガーソングライターが対バンを繰り広げるイベント)への出演を勝手に決められてしまいました。

――あのライブはほんとうに不安しかなかったし、「先生がキライ!」と思いました。でも、やるしかないので…がんばって歌いました。

初めてのソロでのライブ。緊張と不安と先生への怒りが入り混じりながらも、ライブは無事終了。オーディエンスからの反応もよく、演者同士の和気あいあいとした交流も生まれる、バンドのときとはまた違った新鮮さを感じました。

一方で、やっぱりバンドがいいなと思った日でもありました。

一人で歌うという覚悟

瀬戸口はソロ活動を続ける気にはなれませんでした。やっぱりバンドが楽しい。

しかし、バンド内の熱量はすっかり下がっていました。スタジオこそ入るものの、ライブをするのは年に1回程度。瀬戸口の思いとは裏腹に、じれったい状況が続きました。

――バンドメンバーたちは、他のバンドでも活動し始めて、いろんなことを吸収してどんどん成長していってたと思うんですけど、私はJoy Spaceしか知らないし。そこでだんだん差というか、ズレが生じてきてしまったんだと思います。

メンバーから話を切り出され、多数決で解散が可決。バンドを失った瀬戸口は、一人でも歌い続けていく覚悟を決め、ついにソロ活動に対し前を向きました。21歳のことでした。

後編に続きます。
「やさしく背中を押すように」それぞれの暮らしに溶け込む歌を:瀬戸口 恵 後編

瀬戸口恵:1988年生まれ、福岡在住シンガーソングライター。ギター片手に年間100本程のイベントへ出演。SSW活動のほか、バンド、ゲストボーカルやバックコーラス、楽曲提供等その活動の幅は多岐に渡る。ボーカルエフェクターを愛用。様々なスタイルで日々に寄り添う音楽を描く。
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